「三菱UFJフィナンシャルグループ」
「みずほフィナンシャルグループ」
「三井住友フィナンシャルグループ」
これらはれっきとした、日本3大メガバンクの名称である。ふと、これらが3つとも「み」ではじまる事実に気がついた。果たしてこれは偶然なのだろうか。
「三菱」と「三井」は言わずもがなの旧財閥の名前である。「みずほ」は「日本」の美名「瑞穂」の読みであり、この言葉は立派に実った稲穂の美しさを表現しているという。三者とも「み」で始まり、さらに二文字目も「つ」「ず」と、音声としては共通している。同時に社名を公表したわけではないのだから、「競合他社と名前が似通ってしまうがそれでもやはりこの名前でいこう」という決断があったのだろうか。
「ミ」「ミツ」「ミズ」といった音から連想されるものには、実、身、魅、水、みずみずしい、満つ、蜜、密…など何かしら新鮮で中身が充実しているさまをあらわすものが多い。資産を増やすという会社の目的を考えると、これらの音は金融機関の名称としてふさわしいようにも思えてくる。
ここで日本語にとどまらず英語まで連想を拡げると、いよいよ面白くなってくる。じつは英語にも、何らかの量や充実度を表す言葉に、Mではじまる語が少なからずあるのだ。「many」「much」「maximum」「miniature」「micro-」「macro-」「money」「medium」「matter」「material」…などがすぐに思いつく。国際標準の計量単位「メートル」もMで始まる。
さて、ここからはもうメガバンクの名称は関係ない。「人間が量感を表現する時はMの音がまず口をついて出てくるのではないか?」という、言葉の発生についての仮説を検証してみたい。
日本語の「ない」と英語の「no」は、双方の否定語にNの音が共通している。
「すごい」「すぐれた」「素晴らしい」「さすが」「才」「秀」「最」「祭」「祝」「special」「superior」「super」…通常より飛び抜けて良いことを表す語にはSの音が共通している。
もちろん多くの言語の多くの言葉について検討すべきではある。けれども、あるシチュエーション、ある感情に支配された時に人間が発してしまう音には、その文化とは無関係な共通性があるのかも知れない。
考えてみれば、人間が泣く時や笑う時の動作・表情は、その人の言葉や文化に依らず共通している。生まれたばかりの赤ん坊の泣き方や笑い方はどの国に行っても同じだろう。
人間は、『悲しいから泣く』のではなく、『泣くから悲しい』のだ。
ここで脳と身体を持ち出してもう少し詳しく表現するなら、『脳が「悲しい」と考えてから身体が「泣き出す」』のではなく、身体が「泣き出す」ことでその人の脳が「ああ自分は悲しい」と考える』のである。(※1)
「思わず笑ってしまう」ことのほうが、「オカシイと考えてから笑いはじめる」ことよりも、きっと頻度は高いはずだ。
わざと表情を「笑い顔」にしておくほうが、「不機嫌な顔」にしておくよりも、その人の脳は「楽しい」と感じてしまうという。これは脳科学において「エンボディメント(脳の身体化)」と呼ばれている。(※2)
人間の感情は、思っている以上に身体と密接に(脳、というかわれわれの意識を抜きにして)つながっている。そう考えると、「人間が量感を表現する時はMの音がまず口をついて出てくるのではないか?」というさきほど設定した仮説は、あながち間違いではないのかも知れない。
最後に少しだけ、またメガバンクの名称に戻ろう。「み」という音だけではなく、三菱と三井に共通している「3」という数字にも、日本人は格別の思い入れがあるらしい。「三」がつく名字や地名は「一」や「二」や「四」「五」などに比べて、圧倒的に多いと思う。1つや2つの時に比べて、何かが3つ揃うと、格段に安定感が増す感じがするし、そもそも「3大メガバンク」など、何かを比較する場合はトップ3を持ってきたりもする。3人寄れば文殊の知恵が出てきたり、早起きすれば3文の得があったりと、日本人は3という数字が大好きなのだ。(先頃はお笑いでも「3」が流行ったりもしたが)
そういえばアメリカにも「ビッグ3」がある(今や危機的状況だが)。キリスト教の「三位一体」や、エジプトのピラミッドの三角形など、日本人だけではなく、人間にとっての「3」という数字の重要性も考えてみると、また面白くなってくる。が、今回はこの辺までにしておこうと思う。
人間には国や文化に依らないある種の「先天的」な共通性が、意外に多いのかも知れない。それはきっと、脳や身体や、それらの関係性に、由来しているはずだ。
(※1)「サブリミナルマインド」下條信輔(中公新書)
(※2)NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」100回記念スペシャル
脳を活用 プレッシャー克服法「
苦しいときにも、あえて笑う」