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STICK IN A BOX 

 北欧旅行の土産に、「STICK IN A BOX」という奇妙なものをもらった。外観はこのとおり。無垢の木をシンプルな形状に削っただけの一本の「棒」である。
 パッケージの箱には、次の言葉が並ぶ。
「STIR POT・FLIP STEAK・SLICE CAKE・BUTTER TOAST・CHECK SAUCE・SCRAPE BOTTOM・STOP DOOR・SCRATCH BACK・FEEL GOOD」
 つまり、料理につかってもよし、ドアストッパーにするもよし、背中を掻くもよし、「使い方は使う人次第」というわけである。
 けれども、これを土産にもらってひと月ほど経つが、未だに何にも使えないでいる。「何にでも使える物」はかえって何に使ったらよいものか、使い道に迷ってしまう。この状況はほとんど、理由はわからないままこの世界に投げ出され、自らの生の目的を自らが探し求めなければならない我々人間の存在(現実存在:Existenz)そのものだ。可能性が広がれば広がるほど、その可能性の中へ自らの選択に確信を持って飛び込んでゆくには、勇気が必要になる。この「STICK IN A BOX」にも、「○○棒」や「××スティック」など、○○や××にはっきりと用途や目的を書いておいてくれてさえいれば(例えば「根性注入ー」など)、こんなに使い道に迷うこともなかったかも知れない。

 人間にとっての「最初の道具」となり得たのは、おそらく木の枝や動物の骨でできた「棒」であっただろうことは想像に難くない。映画「2001年宇宙の旅」でも、J・S・シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」をバックに、一本の動物の骨が「叩く」道具になり得ると最初の人間が気づくシーンは印象的だ。そしてその「叩く」道具は、ほとんどただちに、相手を制圧する力/支配の道具へと変わる。(さらにその棒が大空に舞い上がり、それが宇宙船に切り替わることからも、「棒」は人類の原始的かつ根源的な道具の象徴たり得ている。)
 考えてみれば具体的であれ抽象的であれ、頻繁に人間の道具の象徴とされ、人間の能力の記号とされてきたものは、「棒」という道具をおいてほかに無いだろう。東洋でも西洋でも、仙人や魔法使いが持つ「杖」は彼らの超越的な力の象徴である。孫悟空が持つ如意棒も然り、魔女が使う「ほうき」もその延長線上にあるものと考えられる。そのようなイメージにあやかってか、西欧の王たちは「杖」をその地位の象徴とした。力・支配の象徴としての「棒」のイメージはさらに、オーケストラの指揮者の「タクト」にもつながる。
 「棒」という道具はおそらく「手」や「指」の延長として、その力を増し、届かぬところへも届けることを可能にする、シンプルでありながら最も使い物になる存在なのだろう。

 「棒」が人間の手や指の延長だと思い至れば、この「STICK IN A BOX」が提案している用途の多様性にもうなずける。料理をかき混ぜることも、ドアを閉まらないように止めておくことも、背中を掻くことも、人間の手で行なおうと思えば可能なのである。けれど、そこで道具を使うことにより飛躍的に高まる効果や効率に思いをはせてみると、それがたとえ一本の棒だったとしても、その可能性の大きさに感嘆せざるを得ない。

 未だに何にも使えないでいるこの一本の棒ではあるが、少しだけ「道具」について考える機会を私に与えてくれた。それだけで、満足である。

----- Zoom In & Zoom Out -----

ツァラトゥストラ〈1〉 (中公クラシックス)ツァラトゥストラ〈1〉
(中公クラシックス)
F. W. ニーチェ



2001年宇宙の旅2001年宇宙の旅
キア・デュリア




異邦人 (新潮文庫)異邦人 (新潮文庫)
カミュ
窪田 啓作(訳)


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[ 2008/06/30 23:24 ] TB(0) | CM(0)

おためごかし 

 「私達はCO2の排出削減に取組んでいます」
…テレビCMで毎日幾度となくとめどなく繰り返されるこのセリフ。ブルータスよ、お前もか。猫も杓子もやっていることを、やっているとやっぱり口に出して言わないとだめなのか。
 
 おためごかし【御為ごかし】
 [名][形動ダ]
 表面は人のためにするようにして、実際は自分の利益をはかること。
(旺文社モバイル辞典より)
[ 2008/06/19 22:32 ] TB(0) | CM(0)
プロフィール

studio:lamplight


■このブログについて:
 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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