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数理にひそむ非数理、非数理にひそむ数理 

 1本のネジ・極微小な半導体チップから、ビル・橋・高速道路といった巨大な建造物に至るまで、工業的に設計製造されるあらゆるものの「かたち」がCADに代表されるソフトウェア上で決定されている。様々なグラフィックスや文字フォントのほとんども、直線とベジェ曲線という数理曲線から成り立っている。特に都市部で生活している場合、人間は直線や数理曲線の集合に常に取り囲まれている。
 そんな「数理的日常」の中に、数によって制御されていないものが入り込んで来た時、われわれはそこに「温かみ」を感じる。手びねりの器や手漉きの和紙などの職人工芸品、画家が描くデッサンの線、あるいは母親が子どものために作る手作りの手提げカバンにも同じ温かみを感じることはある。
 一方で人間は、もともと数値制御されていないと思いがちな自然の「かたち」の中に、厳密な数理を見出しもする。巻き貝の殻の形状が厳密な「黄金比」(フィボナッチ数列と表現される場合もある)に支配されていたり、植物の器官の発生パターンが鮮やかな「フラクタル」図形を描いたりする例はよく知られている。
 数理であれ、非数理であれ、無いと思いこんでいた場所にそれを見つける時、人間はことさら心をふるわせる生き物なのかも知れない。

----- Zoom In & Zoom Out -----

「ハンマー一筋、新幹線を作る」 板金職人・国村次郎 
プロフェッショナル 仕事の流儀
2008年7月22日放送


ジャンクションジャンクション
メディアファクトリー
大山顕



『日常にひそむ数理曲線』
企画:慶應義塾大学 佐藤雅彦研究室,ベネッセ教育研究開発センター
監修:佐藤雅彦
制作:佐藤雅彦+ユーフラテス
ナレーター:太田光
音楽:栗原正己
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[ 2008/08/22 23:46 ] TB(0) | CM(0)

ことばの解析学:原理,定理,公理,法則,原則 

【原理】
1)ものの拠って立つ根本法則。認識または行為の根本法則。
2)他のものがそれに依存する本源的なもの。世界の根源,ある領域の事物の根本要素。

【定理】
すでに真なりと証明された一般的命題。公理または定義を基礎として真であると証明された理論的命題。

【公理】
1)おおやけの道理。一般に通ずる道理。
2)(ア)証明不可能であるとともに、また証明を必要とせず直接に自明の真として承認され他の命題の前提となる根本命題。
  (イ)ある理論領域で仮定される基本前提。

【法則】
1)必ず守らなければならない規範、おきて。
2)いつでも、またどこででも、一定の条件のもとに成立するところの普遍的・必然的関係。また、それを言い表したもの。

【原則】
1)他の諸命題が導き出される基本の命題。
2)人間の活動の根本的な規則。基本的なきまり。原理とほぼ同義に用いられるが、原理はむしろ存在の根拠を意味する。

(以上『広辞苑』より)

----- Zoom In & Zoom Out -----

レイアウトの法則―アートとアフォーダンスレイアウトの法則―アートとアフォーダンス
春秋社
佐々木 正人



論理学論理学
東京大学出版会
野矢 茂樹

[ 2008/08/19 00:32 ] TB(0) | CM(0)

日常の某氏 

 弁当などで間仕切りのために入っている緑色のギザギザしたもの。これは「バラン」というものらしい。
 もともとはユリ科の一種である葉蘭という植物の葉を、細工切りにして使ったという。
 日常的によく目にしているのに、名前を知らないものはこのバランのように身の回りに溢れているのだろうと思い、探してみた。けれど、専門的な器具や部品、固有名詞などを除けば、身の回りのありとあらゆる日常の品々に、ひとつひとつよく知っている名前が付いていることに気がついた。
 床屋の店先でクルクル回っているのは「有平(あるへい)棒」と言う奇妙な名で呼ばれていることや、洋食屋などでカレーのルーが出てくる時に入っている容器が「ソースボート」、電線と電柱の間で絶縁の役割を果たしている白い物体は「碍子(ガイシ)」という名前である事などは分かったが。けれどもまだ名前の付いていない「某氏」を探すのは結構大変だ。 日常生活とは、あらゆる「名前を知っているものごと」に囲まれて過ごす事なのだと、あらためて思い至った。

----- Zoom In & Zoom Out -----


5Language(ファイブランゲージ)5Language(ファイブランゲージ)
ネコ・パブリッシング
紀田 順一郎



寝ながら学べる構造主義 (文春新書)寝ながら学べる構造主義
文春新書
内田 樹




[ 2008/08/15 21:33 ] TB(0) | CM(0)

知への船出 

 ネット上に流布された膨大な情報に今や万人がアクセス可能だ。他人がネットで5分もあれば調べられる事を知っていたとしても、もはやどうしようもない。比較的簡単な事柄であれば、何かを調べたりその結果をレポートに仕立てることは、その場に居ながらにしてできてしまう。
 重要なのは、ネット上に流布されていない、あまり人に知られていない情報にどうアクセスするか。現場に実際に行ってその目で何を見、肌で何を感じるか。そして、そうやって仕入れた膨大な情報の中から、新たな知をどう組み立てるか。
 そういった意味での知の巨人を2人、ここで心にとどめておきたい。
 1人目はダーウィン。世界の果てガラパゴスまで調査船ビーグル号に乗り込み出かけて行き、生物の多様な世界を進化論としてまとめあげた。
 2人目は空海。船で唐に渡る時は一介の留学僧に過ぎなかったが、いつの間にか当時の密教の知識全てを授けられ、その後の日本仏教の基礎を築いた。
 2人に共通していたのは、「えいやっ」と船に乗り込むその大いなる覚悟を持っていたことだろう。
 この2人がたとえネット全盛の今の時代に生きていたとしても、やっぱり勝手に現場に出かけて行き、壮大な知の集積と新たな知の構築に黙々と取り組むに違いない。

----- Zoom In & Zoom Out -----

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世界トップの授業の情報が、すべて無料で。


空海の風景〈上〉空海の風景
中公文庫
司馬 遼太郎

[ 2008/08/14 20:24 ] TB(0) | CM(0)

サミットがやめられない 

 「サミットは、もうやめたらいいのではないかと思う。」
 この書き出しではじまるエッセイで塩野七生は、国連安保理とは別の「経済強国連合」として始まったサミットは、既に開催意義や、さらには開催に「懸命に反対する」意義すら失ってしまっていると説く。
 誰ももう必要を感じていないのに、一旦始めてしまったものをやめようと誰も言い出せずズルズルと続けてしまう状況は、サミットに限らず実はよくある話だ。
 最近のサミットでは、年を追うごとに参加国数が増えている。もちろん旧くからの参加国は、これを議論がまとまらない口実にできるし、新たな参加国はとりあえず大舞台で主張する場を与えられる。双方ともにこれで満足、ということだろうか。
 何を始めるにせよ、どうなったらやめるか、撤退するか、そのポイントを予め決めておく「Exit Strategy」が必要だ。

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文藝春秋 2008年 09月号 [雑誌]文藝春秋 2008年 09月号
「サミット・雑感」
塩野七生



G8 北海道洞爺湖サミット 公式サイト
「画像の容量を抑えることで、消費電力の低減を目指した環境配慮型サイト」らしい…
[ 2008/08/13 22:23 ] TB(0) | CM(0)

iPod文化とレコード文化 ―2つのベクトルの狭間― 

 数10Gの容量を持ったiPodには、無意識に似た深遠さがある。
 これまで自分の耳が触れたことのあるすべての音楽を持ち歩くことができ、かつ、その中からほとんどランダムに曲が選び出されて再生される。夜眠りながら見る夢のように、自分の奥底に眠っていたささやかな記憶の断片が、次々と繋がっていく。日常に居ながらにして、(少なくとも目が覚めている間は)ほとんど体験したことがない凄まじい瞬間が続いてゆく。
 けれども、このような形式で音楽を聴く方法は、人類が約100年来続けてきた「レコード」というパッケージ単位で音楽を聴く方法の、1つの「崩壊」でもある。
 音楽雑誌「snoozer」が2004年当時、増刊号として発行した「The Essential Disc Guide 2004 ―あなたのライフを変えるかもしれない300枚のレコード―」の中で、編集長の田中宗一郎は、急速にネット上にアーカイブ化されていく音楽という文化についてはっきりと危機感を表明し、「1枚のレコード」という単位が持つ大きな力に敬意を払いつつも、「1枚のディスクに刻み込まれた歴史の重みを感じること。それぞれの音楽をそうした呪縛から解き放ってやること――その相反する、ふたつのベクトルのそれぞれをアンプリファイすること」に、音楽という文化を豊潤なものとする希望を見いだしてもいる。
 それからまる4年が経ち、確かに我々を取り巻く音楽の環境は本当に大きく変わった。我々は確かに、2つのベクトルの片一方に大きく踏み出した。けれども私はやはり、今しばらくは、「レコード1枚」という単位が持つベクトルの大きさにも、注意を払い続けたいと思う。

----- Zoom In & Zoom Out -----

サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえサブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ
中公新書
下條 信輔



NHKドキュメント
「考える」(2007年12月25日放送)
作家の石田衣良が、広辞苑をランダムに引いて出てきた3つの言葉「鵞鳥」「草書」「光学」を使って、(48時間以内に)童話を作る
[ 2008/08/12 22:41 ] TB(0) | CM(0)

人それぞれの「お伽話」 

 単なる絵の具の塊が、ある人にとっては芸術となり得る。紙に印刷された文字の羅列が、文学となり得る。マラソンは、42kmと少しの距離を一人の人間ができるだけ早く自力で移動する試みだが、それだけでは決してない。
 神話、夢、芸術、旅、スポーツ、あるいはネット、あるいはマネー??…人間は決して実体的なものごとだけでは生きられない。人間には人それぞれに、自分なりの「お伽話」が必要なのだ。
 まさにそのお伽話の部分こそが、その人のその人たる所以なのである。

----- Zoom In & Zoom Out -----

ポロック 2人だけのアトリエポロック 2人だけのアトリエ

エド・ハリス,エイミー・マディガン



対称性人類学 カイエ・ソバージュ (講談社選書メチエ)対称性人類学 カイエ・ソバージュ
(講談社選書メチエ)
中沢 新一



野口肉離れでまだ痛み…でも「出たい」

北島選手、「完ぺき」「幸せ」=言葉にならないと涙〔五輪・競泳〕
[ 2008/08/11 19:27 ] TB(0) | CM(0)

千利休という人物 

 千利休という人物は、茶器としてわざわざ庶民が使う量産品を持ってきたり、茶室を極端に狭く質素なものにしてみたり、そこににじり口をこしらえてみたり・・・当時の世の中を「おちょくっていた」のではないか。
 ワビだの、サビだの、そういうものも、「いいものはいい」と認めることによって、荒ぶる武士達が持てはやしていたギラギラでバブル的な価値観をひっくり返す、ある種の「ゲリラ活動」ではなかったか。 だからこそ彼や、彼の作り出したワビサビの世界は、神格化・絶対化して崇め奉るものでは決してないのである。
 いいものはいい、と素直に頷くだけでよい。
 芸術とはそういうものだ。

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信長の棺信長の棺
日本経済新聞社
加藤 廣


[ 2008/08/10 13:32 ] TB(0) | CM(0)

「外套」ニコライ=ゴーゴリ 

 「ついぞどこかの夜会で彼の姿を見かけたなどということのできる者は、誰一人なかった。心ゆくまで書きものをすると、彼は神様があすはどんな写しものを下さるだろうかと、翌日の日のことを今から楽しみに、にこにこほほえみながら寝につくのであった。」

 「彼は束の間も自分の肩に新しい外套のかかっていることが忘れられず、何度も何度も、こみあげる内心の満足からにやりにやりと笑いをもらしさえした。たしかに好いところが二つあった――一つは温かいことで、今一つは着心地のいいことである。」

 その人にとって、"写筆の仕事"とは何か。"外套"とは何か。
 その人の内的な、大切な、深い「悦しみ」は、なかなか外からでは窺い知ることはできない。けれどもまた、その人の内的世界がどのように豊かで繊細なものであろうと、僅かな外的要因により、人というものは案外簡単に「変わって」しまうものなのだ。


外套・鼻 (岩波文庫)外套・鼻
岩波文庫
ニコライ=ゴーゴリ


[ 2008/08/09 13:04 ] TB(0) | CM(0)

「床下仙人」原宏一 

 働くことについて、金を稼ぐことについて、日本の経済の構造について。
 労働に纏わる哀しみの襞のようなものに触れるには、案外こういった「奇怪な」小説を読むほうが相応しい。
 テレビのニュースや新聞で語られる、統計的・社会学的裏付けに基づいた記者や専門家の分析的意見から得られるのは、乾燥した「事実」のみなのだから。

----- Zoom In & Zoom Out -----

床下仙人 (祥伝社文庫)床下仙人
祥伝社文庫
原 宏一



外套・鼻 (岩波文庫)外套・鼻
岩波文庫
ニコライ=ゴーゴリ

[ 2008/08/08 19:35 ] TB(0) | CM(0)

想像から創造への跳躍 

想い描くことができても、カタチにできないことはあるだろう。

カタチにできても、言葉にならないものもあるだろう。

言葉にできても、カタチにならない想いもまた、あるだろう。

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NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
宮崎駿のすべて」(2008年8月5日放送)

[ 2008/08/07 23:29 ] TB(0) | CM(0)

世界と人間と、それを眺める視点の対称性 

世界は、なんて退屈で詰まらなくてインチキなんだろう、という視点。

世界は、なんて面白く楽しく様々な感動に溢れているのだろう、という視点。

人間は、なんて愚かで馬鹿でカナシイのだろう、という視点。

人間は、なんて強くしなやかで可能性に溢れているのだろう、という視点。


(8月6日という日に想う)


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NHKスペシャル 映像の世紀 第1集 20世紀の幕開けNHKスペシャル 「映像の世紀」






[ 2008/08/06 00:00 ] TB(0) | CM(0)
プロフィール

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■このブログについて:
 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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 悪意のあるものを除き、基本的にオープンです。異論反論、叱咤激励をどうぞお願いいたします。

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◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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