スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] トラックバック(-) | コメント(-)

GEISAI #11 @東京ビッグサイト 

 自分の想いを、表現に込めるということ。
 人の目を惹きつけ、立ち止まらせ、そして選ばれるということ。
 他の誰とも似ていないということ。
 アマチュア。そして、プロフェッショナル。
 
GEISAI
スポンサーサイト
[ 2008/09/16 23:09 ] TB(0) | CM(1)

菓子司 山口富造:NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」 

 「お菓子を『作らせてもらっている』という気持ちが大切。 『言われた通りに作ったから買いなさい』という世界とは違う。」

  「遊びがあるから、作ったものから世界がどんどん広がってゆく。でなければ、お菓子が『ただ食べるだけ』のものになってしまう。」

  一期一会。ひとつひとつ、きちんと向き合うということ。
 限られた作品世界の中に、いかにして無限の広がりを込めるか。
[ 2008/09/11 02:02 ] TB(0) | CM(0)

負の連鎖 

1) 日本のコメを守るために、高い関税を設定する。
  ↓
2) その代わりに、ある一定量の外国産米を輸入しなければならない。
 (ミニマムアクセス)
  ↓
3) その外国産米の中に粗悪なものが含まれており、国は工業用として民間へ安値で売る。
  ↓
4) 安く買ったコメをレッテルを貼替えて加工食品用に転売する。
  ↓
5) 焼酎や煎餅が一種の風評被害を受ける。

 きっと今でもどこかに、驚くほど簡単なやり口で負の連鎖を繰り返しながら利潤を得ている者がまだまだ隠れているのでしょう。連鎖の中に、そういった分かりやすい悪者を見つけて、それを排除する必要はもちろんあると思います。けれども根本の原因、そもそもの問題は、何も解決していないようにも思うのです。
 悪者が排除されて、ひと安心。数ヵ月後には事件のことなどすっかり忘れてしまっている。最近、こういうくり返しが、特に多いようにも思います。
 そして自分が、例えば日本に暮らす一人として、この負の連鎖に全く関わっていないとは、言い切れないような気もするのです。
[ 2008/09/09 23:01 ] TB(0) | CM(0)

「エモーショナル・ドローイング」展@東京国立近代美術館 

 すうっと一本引かれた確かな線に表現を込める、そういう描き方もあるでしょう。それを洗練と呼ぶこともできるかも知れません。
 けれどもこの展覧会では、そんな洗練とは程遠い、幾度も幾度も重ね合わされた危うくはかない線をたどりながら、作者たちがさまよい歩いた細い道を追体験させられてしまいます。
 幼い頃迷子になった時の喪失感に似た、「世界から1人だけ切り離された」ような独特のさびしさを思い出しました。 作家たちを世界から切り離さずにつなぎ止めている、そういう死と隣り合わせのような危うさとはかなさを、感じずにはいられませんでした。

エモーショナル・ドローイング @ 東京国立近代美術館

奈良美智+graf A to Z news

[ 2008/09/08 20:39 ] TB(0) | CM(0)

100エントリー 

 2006年1月22日より書き始めたこのブログも、960日目にしてようやく100エントリーを迎えました。 途中様々に書き方の方向性を変えながら、特に「光速度」とタイトルを改めてからは、誰かに向かって書くというよりも、自分の内部に向かって自分なりに思い切りことばを投げ込むような仕方で書いていたように思います。 こうして少しずつ書き進んでいた間に起きた、自分や自分を取り巻くものごとの変化を考えると、それはそれはめまいがしてくるほどですが、その変化の根元の一端を確かにこのブログは担っていました。 さて、これからもまた自分や自分を取り巻くものごとの変化を面白がりながら、いろいろなことをここにも書きつけていくと思います。これまでと同様に、あるいはこれまで以上に、誰かに向かって書かれたものではないことばや、誰かに向かって見せるものではないイメージが、ここに蓄積されていくのかも知れません。 ブログというものの本質は誰もがアクセス可能なものであるにもかかわらず、その一方でこのように限り無く内部拡散的なものでもあります。それはニーチェの「ツァラトゥストラ」の副題として記されたことばを思い起こさせます。

 「万人のための、そして何びとのためのものでもない一冊の書」

 世界とは人間とは、きっとたぶん本当のところは、万人のための、そしてまた何びとのためのものでもない、そういうものなのでしょう。これからまた、そういうものをできるだけ全方向的に抱え込みながら、日々どういったものを私が綴っていくことができるのか、またそれが楽しみでもあるのです。
[ 2008/09/07 23:15 ] TB(0) | CM(0)

ことばの解析学―真理、真相、真実、事実 

【真理】
1)ほんとうのこと。まことの道理。
2)[哲](ア)意味論的には、命題の表している事態がその通りに成立しているときに語られる。
(イ)真理認識の方式にはおおよそ三つの立場がある。観念(認識する知性)と実在との合致によって真が成立すると考える対応説。当の観念が整合的な観念体系の内部で適合するときに真が成立すると考える整合説。仮説が事実によって検証されたときに真が成立すると考えるプラグマティズム。現実の真理認識は、この三説によって成り立っている。
(ウ)倫理的・宗教的に正しい生き方を真理ということもある。

【真相】
真実のすがた。事件などの本当の事情。

【真実】
1)うそいつわりでない、本当のこと。まこと。
2)(副詞的に)ほんとうに。全く。
3)[仏]仮でないこと。究極のもの。絶対の真理。真如。

【事実】
1)[史記(荘子伝)]事の真実。真実の事柄。本当にあった事柄。
2)[哲]本来、神によってなされたことを意味し、時間・空間内に見出される実在的な出来事または存在。実在的なものであるから幻想・虚構・可能性と対立し、すでに在るものとして当為的なものと対立し、個体的・経験的なものであるから論理的必然性はなく、その反対を考えても矛盾しない。
3)(副詞的に)ほんとうに。じっさい。

以上、「広辞苑」より
[ 2008/09/07 00:59 ] TB(0) | CM(0)

現代に生きる神話 

----[北京 8月19日 ロイター]----
 英国の統計学者ケネス・ミッチェル氏は、1896年アテネ大会以降の近代オリンピックのメダリストすべての誕生日を調べたところ、星座による傾向が見つかったとしている。
 ミッチェル氏が「うお座効果」と名付けた統計的現象によると、うお座生まれの選手は、水泳や水球といった種目でのメダルがそれ以外の選手に比べて約30%多かった。また全体では、やぎ座やみずがめ座、おひつじ座生まれの金メダリストが非常に多いとしている。
 北京五輪のメダリストを見てみると、いくつかの興味深い結果が出てくる。細い剣を使って相手を突き合う競技フェンシングでは、さそり座選手の活躍が目立つ。男子サーブル個人のメダリスト3人のうち、2人がさそり座生まれだった。
----------------------------------------------

 神話を作り上げ神話の中に生きていた古代の人々と現代の我々では、脳の構造や機能にほとんど違いはないという。迷信だとか科学的裏付けだとか、そういうこととは別にして、神話的なものはこれからも絶えず人間に少なからぬ影響を与え続けるだろう。
 今現在どのような生を選び取っていようとも、人生はきっかけやタイミング如何によって無限の振れ幅を持つ。たまたま耳にした音楽に深く心を揺さぶられたとか、たまたま誰かと出会ったとか、ほんの些細なきっかけや「ゆらぎ」がその人の生に深い痕跡を残してゆく。星座、名前、血液型…。生まれた時からその人にずっと付帯している言語的情報も、決して例外ではないはずだ。
 もちろんこれらの付帯情報が直接、質的・機能的にその人の身体に作用するわけではない。けれども例えば水泳選手になろうとする者にとって、その人の星座が魚座であることが、あるいはむしろその人が自分は魚座だと「知っている」ことが、目標に突き進む動機付けや大きな方向転換に繋がることはあり得るだろう。そしておそらくそれは、本人が意識しないうちに作用を及ぼしているのだ。
 ごく小さな「ゆらぎ」であっても、それが複雑系で言うところの「バタフライ効果」でもって、その人の生に大きな変化をもたらす、そういうことはきっとあるはずだ。

 ----- Zoom In & Zoom Out -----

考える人 2008年 05月号 [雑誌]考える人 2008年 05月号

「偶有性の自然誌」
第二回 『何も死ぬことはない』 茂木健一郎


対称性人類学 カイエ・ソバージュ (講談社選書メチエ)対称性人類学 カイエ・ソバージュ
(講談社選書メチエ)
中沢 新一



NIKE (スポーツ総合メーカー)
 この企業の名前は、ギリシア神話の勝利の女神「ニケ」に由来する。
 ルーヴル美術館収蔵の彫刻作品「サモトラケのニケ」が有名だ。
 もちろんNIKEのロゴマークは、彼女の翼を図案化したものである。
 (この女神のポーズは映画「タイタニック」でも有名になった。)
 神話はいつも、思っている以上に我々のそばに有る。
[ 2008/09/05 13:28 ] TB(0) | CM(0)
プロフィール

studio:lamplight


■このブログについて:
 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

■リンク、コメント、トラックバック:
 悪意のあるものを除き、基本的にオープンです。異論反論、叱咤激励をどうぞお願いいたします。

 ※このブログは、アフィリエイト・プログラムには参加しておりません。

◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。