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カールじいさんと空飛ぶ家 

 思い出の家が空を飛ぶ、人生の「パースペクティブ」。これは、年寄りと子供だけが持つことのできる視点なのだろうか。映画に出てくるのは年寄りと子供と動物ばかり。フツーの大人はほとんど出てこない。

 カールじいさんは途中で、「ほんとうに大切なもの」は「家」ではないことに気がつく。そう、「家」は単なる道具に過ぎない。そしてまた、 人生において目指すべき「パラダイス・フォール」のようなものも確かにあるが、案外、実物にたどり着いてみると「どうってことのない」ものだったりする。
 
 どんな「家」をもっているのであれ、どんな「滝」を目標にしているのであれ、要は、自分らしい時間を過ごすことができるかどうか、だ。けれど、この映画にほとんど登場しないフツーの大人にとって、それはなかなか難しいことかも知れない。

 迷ったら、心に風船をつけて、思いっきり高くまで飛ばしてみよう。パースペクティブこそ人生だ。

■「カールじいさんと空飛ぶ家
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[ 2009/12/29 23:40 ] TB(0) | CM(0)

「DOMANI 明日展」@国立新美術館 

 「無垢な痛さ」「表層と内部」「トゲ」というキーワードが印象として残った。
 その作品群には、見るものの記憶、それもHAPTICな記憶に訴えかけるものが多かった気がする。

 気になった作家と作品の印象は次のようなもの。

・安田 佐智種
 すべてを包みこみながらすべてを排除しようとする、都市の「矛盾」。
 ビルの谷間の暗黒部の、その混沌(映画「ブレードランナー」の地上世界のような)が、画像の変形により極度にえぐり出されているような印象がある。エキセントリックな画面にもかかわらず、都市の「空虚感」「寂寥感」を感じずにはいられない。

・伊庭 靖子
 冷たさとあたたかさ。「温度」を感じる作品世界。
 「やわらかさ」と「あたたかさ」、「かたさ」と「つめたさ」がわれわれの感覚にとってそれぞれ対になっている事をふと思い起こさせる。

・磯凬 真理子
 内部に大切なものを包み込みながら、外部から守ろうとする、その営みの重さ。作品単体の「ゴロン」としたその素っ気なさと、それがあちらこちらに展示されている空間の緊張感との対比が面白い。

■「DOMANI 明日展 2009」国立新美術館
[ 2009/12/29 23:26 ] TB(0) | CM(0)

豆腐とバイキング 言葉と表象 

 「豆腐」という名前には、「腐る」という言葉が入っている。
 「バイキング」という言葉には、「ばい菌」という言葉が入っている。
 「バイキング=海賊」という言葉も、それほどイメージのいい言葉ではない。

 けれどもわれわれは普段、ほとんどそのことを気にかけない、というか気がつかない。
 名前に慣れる過程で、ある特定の記憶が物事からうまく引き離されるようなことが起きるのだろうか。
 これもわれわれの脳が持つ、一つの便利な機能なのかも知れない。
[ 2009/12/19 10:58 ] TB(0) | CM(0)

加速器と、普通の毎日 

 加速器の中の電子と陽電子は、エネルギーを消費しながら同じ軌道をグルグルと回っている。そのグルグル回る過程で生じる放射光を科学者たちは様々な用途に利用するという。
 
 加速内部では、何万、何億回と電子と陽電子の衝突が繰り返される。その膨大な数のイベントの中から、科学者たちは有用なデータを丹念に探し当てる。

 われわれの毎日も、同じ所をグルグルと回っているように見えるが、何かしら放射光のような価値を周囲に与えているかも知れない。そのほとんどがムダに思える毎日の繰り返しの中にも、何かしらキラリと光る瞬間を見つけることができるかもしれない。

■「小林・益川理論の証明」立花隆(朝日新聞出版)
[ 2009/12/19 10:56 ] TB(0) | CM(0)
プロフィール

studio:lamplight


■このブログについて:
 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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