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24時間テレビにみる、監視すること、されること 

こんなニュースを見つけた。
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『24時間テレビ』では恒例となった長距離マラソンだが、今年の『24時間テレビ35愛は地球を救う』(8月25~26日、日本テレビ系)では、プロレスラーの佐々木健介(46歳)一家がリレー形式で120kmのチャリティーマラソンを完走した。実はこのマラソン、毎度ネット上で話題になるのが「ワープ疑惑」。マラソンの途中、車に乗るなどして距離や時間を“調整”することを指すが、近年Ustreamやツイッターを駆使し、マラソンの様子を独自に生中継している人たちがいる。
(中略)
ツイッターではハッシュタグ「#snake24tv」(追跡現地班用)、「#24htv_live」(マラソン実況用)などで「気象庁前通過」「長男にタスキパス」と実況ツイートが続く。…(略)
(R25編集部)
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/jikenbo_detail/?id=20120829-00025909-r25
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「監視される側」と「監視する側」の見事な逆転現象。
権力が指向する「一望監視システム」の崩壊。
昔は、「愛は『地球を』救う」というサブタイトル通り、地球規模での貧困に焦点を当てた番組構成だったのだが、最近はどうもそれが変化してきたようだ。誰かが一年に一度「走らなければならなく」なってから、何かが変わってしまった気がする。(「気がする」というのは、筆者は最近はこの番組を見ていないので、正直、正確なことは何もいう事ができないからだ。)
そんな番組の変質とともに、そのメディアを取り巻く状況もずいぶんと変質したようだ。以前は、募金という行為や、葉書・電話・FAXなどが、視聴者が番組に参加する方法だったものが、いつの間にか、視聴者が番組を「追い越して」しまったようだ。24時間マラソンで誰かが走っている姿は、そんなメディアを取り巻く状況に対して、何かを取り戻そうと必死になっている様子を体現しているようにも思えてくる。
いったい何のために走るのか。
いったい何のために24時間「それ」をやるのか。
おそらく答は見えないまま、来年もまた誰かが走り、「それ」は、やり続けられるに違いない。

監獄の誕生―監視と処罰-
(ミシェル・フーコー)新潮社
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フーコー入門」(中山元)ちくま新書
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寝ながら学べる構造主義」(内田樹)文春新書
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[ 2012/08/30 22:13 ] TB(0) | CM(0)
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 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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