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「クオリア入門」 


クオリア入門


クオリア入門」茂木健一郎(ちくま文芸文庫)

私たちが世界を認識し、また考えることのすべては、
脳の中の電気的化学的信号に基づくニューロンの発火パターンによって行われている。
この紛れもない事実には、驚嘆せざるを得ない。
我々が「世界」だと認識している我々以外の全て、
そして我々の意識そのものまでもが、
我々の頭の中の、細胞ネットワークの活動の帰結に過ぎない。

般若心経という仏典に
「無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法」
(様々な感覚器は「無く」、そしてだから様々な感覚も「無い」)
という一節がある。

我々の「感覚」や「世界の認識」が外界のものを正確に写し取った
絶対的なものではないことを、この「無」の羅列とさえ言われる
経典は説いているのではないだろうか。

以前「マトリックス」という映画を見たときも、
「これは般若心経の世界だな」と思ったことがある。
我々が現実だと思っていた世界は、コンピューターが人間に見せている
夢(マトリックス)に過ぎないという発想は、
電気信号のネットワークという意味での
脳とコンピューターのアナロジーまで含めれば
般若心経のSF的解釈だと言えなくも無いのではないか。

これまで脳科学の本を読んでも、
「こういう感覚は脳のどの部位のどういうニューロンの発火で生じます」
という説明の羅列が多く、もちろんそれはそれで面白いのだけれど
腑に落ちない部分があった。
そのような研究の蓄積が
人間の意識のあり方まで踏み込んでゆけるとは思えなかったからだ。

しかし、本書を読んで、
最新の脳科学は我々の感覚やそれへの反応という「簡単な問題」にとどまらず、
いよいよ我々の「主観性」(バラが見える仕組み、ではなく、
ヒトがバラに注意を向けようとするその「志向性」の営み)
という「難しい問題」へ踏み込みつつあることが分かった。

いよいよ面白くなってきた。
[ 2007/02/11 21:15 ] TB(1) | CM(3)
私の考えるニューロンの先の話ですね。今度読んでみようかな。
[ 2007/03/02 00:53 ] [ 編集 ]
私達の豊潤な「感覚」や「認識」と単なる「電気信号」との間を埋めるために考えなくてはならないことが論じられています。 今までの脳科学があまりにも簡単に問題を解こうとしていたのではないかという批判も込めて。
[ 2007/02/20 22:02 ] [ 編集 ]
茂木氏の本は読んだことないのですが、面白そうですね。最近事情があり心理とか興味が出てきたので読んでみようかな。ニューロンの電気信号の先が言及されていると思って良いのですか?
[ 2007/02/11 23:56 ] [ 編集 ]
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「アハ!体験」で有名な茂木健一郎氏。 彼の扱うテーマは、脳ではニューロンの発火が起きているに過ぎないはずなのに、なぜ心が宿るのか。メカニズムとしての脳と心の関係を模索しています。 sing2も以前...
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 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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