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「一応」の狭間 

総務省の年金記録確認中央第三者委員会は、年金納付記録の無い人が年金給付を求めてきた場合、「不合理ではなく一応確からしい」ことが分かれば給付を認めるという基準を示した。
「不合理ではなく一応確からしい」ということが「基準」となり得るのか、全国一律に客観的に判断するためには、時間もかかるだろうし混乱も予想される。
そもそも「不合理ではなく一応確からしい」というのは言葉でしかない。「非常に確からしい」場合は支給すればいいだろうし、「全く確からしくない」場合は支給しなくていいだろう。しかし「一応」というのは一体何なのか?
この絶対的混乱を免れ得ない『「一応」の狭間』はしかし、我々人間の認識の曖昧さを表現するのに便利で的確ではある。
われわれの身の回りの物理現象があるスケールの範囲内ではニュートン力学の法則に従うこと、目の前に見えている花の色は隣の人にも同じ色に見えていること、今日の私は昨日の私と同一人物であること、地球温暖化のおもな原因は人間の活動であること、廊下は右側を歩き走ってはいけませんということ…
とにかく人間があらゆるレベルで認識しているもの、「こうである」「こうしましょう」「こうしなさい」といわれていることは、「不合理ではなく一応確からしい」ことであり、ある範囲内においてある程度の合意が形成されているものである。けっして「唯一普遍の宇宙の真理」ではない。何事も「時と場合による」のである。
こういうスタンスで世の中を眺めてみると、何か一つのことに強く固執してしまったり、狂信的に自分しか、あるいはものごとの一面しか見えなくなってしまうことも少なくなるかも知れない。
もちろん、ある考えがその人にとって優しい真実となりその人が生きるエンジンとなり得ることは大いにある。
ただ、「不合理ではなく一応確からしい」という一見不便で非合理的な言葉は、世の中をバランスを取りながら眺めたい時、立ち止まって考えたい時には便利な言葉ともなり得る「第三者」の言葉なのである。

-----Zoom In Zoom Out-----

■「環境問題のウソ」
(ちくまプリマー新書)
池田 清彦

■「サブリミナル・マインド ―潜在的人間観のゆくえ」
(中央公論社)
下條 信輔
[ 2007/07/11 01:42 ] TB(1) | CM(0)
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総務省の「年金記録確認中央第三者委員会」。9日に、年金支給の判断基準の基本方針をまとめ、発表しました。問題は、保険料納付記録、領収書などの証拠がない場合。「同居している親族が納付している」とか、「未納期間が短い」とか、いろいろな条件が出されているよ
[2007/07/11 07:01] いい加減社長の日記
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 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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