スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] トラックバック(-) | コメント(-)

飛鳥美人 

 飛鳥美人で有名な高松塚古墳の石室の壁画が、カビの繁殖をこれ以上進ませないために解体保存された。
 解体により、壁画を構成していた石のこれまで隠れていて見えなかった部分に、朱色の線が現れたという。この線は、現在でも大工達が日常的に使う「墨壺」と呼ばれる道具によって引かれた直線である。石を切り出す際あるいは石を組み上げる際に目印として引かれたのだろう。ちなみに、奈良・東大寺南大門の天井裏からは、往時、門の建設に関わった大工が置き残した墨壺が調査時に見つかったという。
 墨壺はつまり、少なくとも千数百年以上もの間、日本の建築の現場に欠かせないものであり、ほとんど姿を変えないまま、今でも使われている道具の一つだ。
 
 以前、古代ポンペイ遺跡の展覧会に行った際、2000年前の釣り針が現在のものと(材料などの違いはあれ)形が同じだった。釣り針の形は2000年間変わっていないという、当たり前のようなそれでいて感慨深い、不思議な感覚を覚えた。
 人間のファンダメンタルな活動に必要な道具には、こういったずっと姿を変えないものが多い。アノニマスと呼ばれるモノ達もこれに含まれるかも知れない。
 今回、高松塚古墳の石を解体する際、この作業のために開発された最新の機械よりも、「コロ」と呼ばれる円柱を並べた上に石を滑らせて運ぶ道具(ピラミッドの建設現場の想像図等を思い出していただければよい)が活躍したという。
 現代の様々な局面でも、こういった「変わらない」道具がヒントを与えてくれるだろうし、逆にこういったずっと続いているカタチをひっくり返す企みも重要だ。
 現代の石工を唸らせるほど隙間なく精巧に石室が組まれ、そのおかげで千数百年間、カビの繁殖から守られていた(残念なことに現代人の手によって30年そこそこでカビをひどく繁殖させてしまったが)飛鳥美人から、我々が学ぶことはまだまだあるに違いない。

-----Zoom In Zoom Out-----

NHKクローズアップ現代 「飛鳥美人はよみがえるか」
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2007/0706-5.html#thu

■「はじまりの物語―デザインの視線」
松田 行正 (2007/04)
紀伊國屋書店

■みんなのいえ
唐沢寿明、田中邦衛 他 (2005/12/23)
東宝
[ 2007/07/30 20:40 ] TB(0) | CM(0)
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

studio:lamplight


■このブログについて:
 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

■リンク、コメント、トラックバック:
 悪意のあるものを除き、基本的にオープンです。異論反論、叱咤激励をどうぞお願いいたします。

 ※このブログは、アフィリエイト・プログラムには参加しておりません。

◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。