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「理科離れ」について 

子供の「理科離れ」が叫ばれて久しいけれど、そもそも本当に子供は理科から離れているだろうか?
ニンテンドーのDSやWiiを使いこなし、携帯電話を与えられ、自動改札を当たり前のように通過する今の子供は、見方をかえれば以前では考えられないほど数多くの理科(科学技術)に囲まれているというのに?

今の子供の毎日の生活は、ほぼ100%と言っても差し支えないだろう割合で科学技術と密着している。もちろんこのように科学技術に依存した生活は、日本ではすでに数十年という単位で続いている。これまでも科学技術への依存度は高かっただろうが、しかし現在のその依存の〈仕方〉は、昔に比べると速度を上げながら猛烈に変化し続けている。
独楽回しやメンコを日常的に遊びに取り入れている子共は今では皆無だろうし、非常時に備えて学校の名札の裏に10円玉を常備している子供はだいぶ減ったと思う。駅の改札では駅員が切符にハサミをいれていたことも知らないかも知れない。
レコードに引かれた溝に針を走らせることで音楽を聞いていたこと、ポットの湯はポット上部を押すことで空気圧により注がれていたこと、テレビのチャンネルを変える時は重たいツマミをガチャガチャと回すためにテレビの近くまで行かなければならなかったこと…おそらくこれらの「昔話」を知っている子供は多くないだろう。ただし、昔そういう経験をしたことのある一定以上の年齢の人々ですら、そんなことは言われるまで忘れているだろうけれど。
幼い時から昆虫採集に明け暮れ、コイルと鉱石をつなげてラジオを作るような〈変わっている〉子供は今はそんなに多くはいない。たとえどこかの林間学校や実験教室で触れたことがあったとしても、それが今時の子にとっての「リアルな日常」に繋がっているとは思えない。そして、学校の理科の授業が、その「リアルな日常」とはだいぶかけ離れたものになってしまったのではないだろうか。
理科の学習の入り口とされているものごとは、昔であれば身体感覚の記憶とともに子供も日常的に備えていた。しかし、今の子供にとって、例えば学校で教わる「昆虫の足の数は6本」「乾電池の直列つなぎ/並列つなぎ」「星座の名前を覚える」といったような体温の伴わない無味無臭の事実は、ピンと来ない、暗記するだけの、どこか別の場所のお話、でしかないのかも知れない。
つまるところ、「理科離れ」とは、子供が理科から離れているのではなく、理科が子供から離れて(しかし本当は近くにいるのだ)、集積化・無線化・非接触化され、見えないところに隠れてしまった結果生じている問題なのではないだろうか。
子供の「リアル」に目線を合わせることが彼らの興味関心を持つ動機付けになるのだとしたら、昆虫の足の数や星座の名前を覚えることが果たして学びの入り口となり得るだろうか。それよりも、どうして燃えるゴミと燃えないゴミを分別するのか、とか、いろいろな商品についているバーコードとは何なのか、ムシキングのカードに印刷されているものと同じなのではないだろうか、とか、リモコンのボタンをテレビに向けて押すとどんな光が出てくるのだろうかとか、そういったことを入り口にするほうが、学びを動機付け、さらに生活密着型の話のほうが、子供が知っておくべき優先順位も高いのではないだろうか。
子供が毎日触れるものごと。それらが「なぜ」「どうして」作動し、その役割を果たしているか。難しい原理や仕組みまで教えようというわけではない。まずは子供のリアリティに目線を合わせ、「今まで普通に使っていたけどそういえばたしかに不思議だね」と疑問を持つ。身体感覚がほとんど伴わない技術ゆえに持たなくともよさそうな疑問。そこから始める試みがあってもいいのかも知れない。
今の、そしてこれから生まれくる子供は、Wiiやインターネットや薄型テレビやiPodやPASMOや、さらには環境問題等々…に、生まれた時から取り囲まれているのだから。

-----Zoom In Zoom Out-----

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■「大人のアタマで考えない。―コドモゴコロの仕事術」
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[ 2007/09/15 00:08 ] TB(0) | CM(0)
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 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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