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砂場遊びと文明 

 映画『CUBE』では、数々の制限で縛られたひどく窮屈な世界に人間を放りこむことから物語が始まる。その世界は時空間的認識論的に還元された"我々の世界"そのものである。しかし考えようによっては、我々が「CUBEに閉じ込められた彼らよりは自由だ」とタカをくくってばかりもいられないかも知れない。
 普段人間は(x,y,z)で表現されるデカルト3次元空間を、あたかも自由に動き回っているように思っている。しかしz方向、つまり上や下へ移動するには私たちの身体だけでは意外と難しい。階段や梯子、エレベーター等々の道具を使わなければ、たったの1mmも定常的に上下移動する事はできない。地面に穴を掘るにしても道具がなければ数cmの深さすら望めないだろう。我々は、祖先の誰かが木から下りてしまったその瞬間から、地上に縛りつけられてしまったのである。
 さらに、移動が不自由なのは空間内の話だけではない。「時間」に至っては進むことも戻ることもできず、我々は「今」という一点に縛りつけられたままだ。
 だからこそ「2次元+今」の縛りからわれわれを解放してくれる道具や活動は魅力的だ。
 いまや建築物は、かつてバベルの塔建設を神に厳禁されたとは思えないほどに、競うように空に伸びている。ル・コルビュジエは《サヴォア邸》において、その建築物そのものすら地上から解放できることを証明した。
 地上からの解放は人間が日々を暮らす場所だけで起こるのではない。登山や水泳といった上下方向への移動を可能にする活動はレジャーになり得る。さらに、目的地までは飛行機に乗り、或いは高架化された鉄道や高速道路を利用することが人間の「高さへの克服」を充分なものにしている。
 ローラーコースターや観覧車など遊園地のアトラクションの多くが上下移動を含め(メリーゴーランドでさえ)、3次元空間移動の自由化がその魅力を与えている。フリーフォールに至っては、我々を常に地面に押しつけている重力からも(ほんの一瞬ではあるが)、解放してくれる。
 3次元の自由な移動を手に入れることが「遊び」に結びつくのは、これら大きなポテンシャルエネルギーが必要な巨大な構造やマシン、あるいは地理条件に限られない。近所の公園にある、たとえばジャングルジム(まさに『CUBE』のアナロジー)や滑り台では、子どもたちが日々その体験を繰り返している。そして彼らは、大好きな砂場で、山をできるだけ高く積み上げ、谷をできるだけ深く掘る試みを毎日のように続けているのだ。
 重力からの開放、地上からの自由への欲は、やっと歩けるようになった子どもがさっそく砂場遊び取りかかる時に、すでに芽吹き始めているのかも知れない。そして、新しい山や谷を作るために、昨日作られた山や谷は崩される。

-----Zoom In Zoom Out-----

■レゴ 基本セット 青いバケツ 7335

《サヴォア邸》
ル・コルビュジエ(1929)

タワー・オブ・テラー
東京ディズニーシー

■「新編 銀河鉄道の夜」
宮沢 賢治
新潮社
[ 2007/10/04 00:06 ] TB(0) | CM(0)
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■このブログについて:
 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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