スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] トラックバック(-) | コメント(-)

「仙」展 ○△□の謎 

 仙※の代表作であるとともに最大の謎を持つとされる作品「○△□」は、その名のとおり○と△と□の3つの記号が並べて描かれている。
 江戸時代中期、九州博多の禅寺の住職であった仙は、多数の書画を残し、その自由な作風が国内外で知られている。「世画有法、画無法」(世間の画にはきまりが有るそうだが、私の画にはきまりなんか無い)との自らの宣言どおり、のびやかで奔放な仙の世界は「ぶっ飛んで」いると言ってもよいかも知れない。
 自在な筆運びで動植物や神仏を描き出す彼の「へたうまの元祖」のような画。そこに添えられた禅の考案は、逆説的ではあるが、我々を「考える」という行為から解放してくれる。
 もともと禅の世界とは「考える」行為を突き放す態度を持つものではある。しかし「考えない」ことにこだわればこだわるほど、自分の思考に絡め取られ、袋小路で立ち止まってしまうことすらあるかも知れない。それでは本末転倒である。
 冒頭で紹介した「○△□」とは、一体何を表すのか、何が言いたいのか、これまで東西問わず様々な議論がなされてきたようだ。ここで不覚にも「○△□」を何らかの「記号」として捉えてしまい、記号論的意味を読み取ろうとしはじめた途端に、我々は自らの思考の不自由さに絡め取られてしまう。禅の大家である鈴木大拙は、この作品を海外へ紹介する際「The Universe」と名付けたそうだが、果たしてこの意訳が正しかったかどうか。仙本人に尋ねたところで、おそらく彼はカラカラと笑うだけだろう。
 ○△□とは「Universe」なのか「おでん」なのか、そんな解釈は傍らに置いておき、一幅一幅と一対一で素直にそのまま向き合うだけでよいのかも知れない。
 美術館所蔵のコレクションとして、ガラスケースに並べられたこれらの書画の数々は、もともとは一幅一幅、寺院や屋敷の(おそらく)茶室の床の間に掛けられていたものだ。
 少し想像してみよう。180年余り前、江戸時代の日本のどこか、その床の間に○△□と描かれた画が一幅掛かっている。そこに広がる豊かな空間と、そこでお茶をいただく静寂な時間。そして繰り返される四季折々をそこから眺める…。
 それを思ったその瞬間、絡まった心がほっ、とほぐれたような気がした。たとえそれが東京都千代田区のど真ん中のビル内であったとしても、そのとき私はほんの少しだけ、しかし確かに、自らの心をあそばせる事ができたように思う。
 ――ただし、こんなことを言っても、仙はまた、カラカラと笑うだけだろう。

※センガイのガイの字は「崖」の「山」が無いもの

「仙 センガイ SENGAI 禅画にあそぶ」
出光美術館 2007年9月1日―10月28日

○△□ (英題:「The Universe」)
ハンガリーでの紹介ページ(独語や英語での解説が読める)

-----Zoom In Zoom Out-----

■「見る脳・描く脳―絵画のニューロサイエンス」
岩田 誠 (1997/10)
東京大学出版会

■「はじまりの物語―デザインの視線」
松田 行正 (2007/04)
紀伊國屋書店

■「ポロック 2人だけのアトリエ」
エド・ハリス、マーシャ・ゲイ・ハーデン 他
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
[ 2007/10/16 00:08 ] TB(1) | CM(0)
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
この記事のトラックバックURL
http://studiolamplight.blog47.fc2.com/tb.php/58-50aa14ff

 歴史学者でトレジャー・ハンターのベン(ニコラス・ケイジ)は突然、見知らぬ紳士(エド・ハリス)から、自分の曾祖父がリンカーン大統領暗殺に関わったという証拠を突きつけられる。彼は先祖の汚名をそそぐため、元恋人で古文書専門家のアビゲイル(ダイアン・クルーガ...
プロフィール

studio:lamplight


■このブログについて:
 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

■リンク、コメント、トラックバック:
 悪意のあるものを除き、基本的にオープンです。異論反論、叱咤激励をどうぞお願いいたします。

 ※このブログは、アフィリエイト・プログラムには参加しておりません。

◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。