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現場の肌感覚と言葉の力 

 フォトジャーナリストの桃井和馬さんの話を聞く。
 こういう人の言葉が持つ力が強いのは、例えば写真家ならその現場に必ずいたという事実があるからだろう。その現場に居合わせ、レンズをその方向へ向け、その瞬間シャッターを切った、という事実は圧倒的に強い。
 スタジオにいる滝川クリステルの言葉よりも、現場にいる記者の言葉のほうが、ぼやけてはいるが重みがあるのは、その記者に「今ここにいる」という絶対的な強さがあるからだ。 手や足や目や肌でじかに触れている感覚に、アタマは勝てない。肌感覚の積み重ねの無い思考は、単なる思考、単なる言葉でしかない。
 ある言葉が、現場にいる(いた)人の言葉なのか、伝え聞いたものなのか、単なる想像の産物なのか、細心の注意を払うべきだ。そして、それが現場にいる(いた)人の言葉であるなら、傾聴に値する何かが見つかるかも知れない。当て推量から飛び出す"評論"よりもよっぽど内容に重みがある。
 我々は一人一人、殊に自分の生に限って言えば常に「現場」にいる。その人の生の「現場」は誰よりもその人自身が肌で感じている。サラリーマンの現場、主婦の現場、子育ての現場、介護の現場、田舎暮らしの現場、都会暮らしの現場、海外旅行の現場、寝正月の現場…。平凡でつまらなく思えるものだったとしても、その人の現場に居合わせるのはその人自身だ。つたないものであったとしても、自分の生という「現場」からきちんと言葉を発することができれば、それは驚くほどの重みを持って、遠くまで響くに違いない。
 映像が言葉より力を持っているように感じるのは、情報量が多いからではない。「現場」をより忠実に保存できるように見えるからに過ぎない。現場からきちんと発せられたものであるならば、ひとつの言葉も、一枚の写真も、同じようにとてつもない質量を持つ。
 一人の写真家の話を聞きながら、今日はそんなことを考えた。

-----Zoom In Zoom Out-----

桃井和馬氏のサイトへ

■「アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶」
アンリ・カルティエ=ブレッソン、エリオット・アーウィット 他

■「地震イツモノート
―阪神・淡路大震災の被災者167人にきいたキモチの防災マニュアル」
地震イツモプロジェクト、渥美 公秀 他
[ 2007/12/10 21:51 ] TB(1) | CM(0)
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戦後腹ぺこ時代のシャッター音―岩波写真文庫再発見・巨神兵現る?・しらすと夜の横浜・アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶・古本まつりに行ったのだった・現場の肌感覚と言葉の力・ライカ・BooksDatabase521・エリオット・アーウィット写真展・ある日の展覧会。
[2007/12/31 10:24] ちひろのblog
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 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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