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ラジオをつけて思うこと 

 ラジオをつける時いつも意識してしまうことがある。ラジオから聞こえてくる音楽や話声は、ラジオをつける前から電波という目に見えない姿ですぐそばにいた、という事実である。その時に聞こえる音楽や話声以外にも(つまり選択した周波数以外にも)、たくさんのラジオ局の音が電波となって、屋外に居ようが屋内に居ようが、我々につねに降りそそいでいる(この表現の是非はともかくとして)。
 言わずもがなのことではあるが、我々に日夜降りそそいでいるのは、ラジオの電波だけではない。今や現代人のほとんどがパーソナルな電波の検出器(そしてそれは発振器でもある)を携帯している。その検出器を使えば、他の誰でもないまさに自分のために発振された電波を受け取ることができる。多様な電波が飛び交う言わば「荒波」の中から、自分の必要なものを選び取ることが、随分簡単にできるようになった。

 この世に存在する様々な周波数を持ったもののうち、人間が「光」や「音」として感知できる範囲は非常に限られている。逆に考えれば、人間が感知できない波は(健康を脅かすなどその使用に注意が必要なものも含め)人間に感知されないがゆえに便利に使うことが可能だ。感知できないものの中から一部を取り出して感知できるようにする技術が、ラジオの選局を可能にし、携帯電話のパーソナル性・セキュリティが確保される。「不可能が生み出す可能性」とでも呼ぼうか。
 けれどもこのような技術の恩恵にあずかれるのは、それら感知できないものを発見し、そしてまたそれらを制御する術を磨いてきた数限りない偉人たちのおかげだ。科学技術の歴史は、見えない・聞こえない、けれどそこにある、そういうものの探索と解析と制御の歴史といってもよいかも知れない。

 検出しようと思ってもなかなか検出が難しいものの一つにニュートリノがある。ニュートリノは毎秒100兆個程度も我々の体に降りそそいでいるにもかかわらず、あまりにも小さいためにそれらほとんどすべてが「すり抜けて」しまう。スーパーカミオカンデのようなニュートリノ検出装置は、地中深くに埋め込まれ、そこにはほとんどニュートリノしか辿り着けないようにしてある。そこに大量の水(水なら比較的安価に純粋なものを大量に集められる)を用意することで、ニュートリノが「ぶつかる」確率を高くしている。
 現代物理学は何かを見つけるために、莫大の資金が投入された巨大な装置が必要だ。対象が小さくなればなるほど、検出に必要な装置はどんどん大きくなる。

 ここ数年のうちに見つかるかも知れない「見えない」ものの一つが「余剰次元」だ。余剰次元とは、つまり5次元以上の次元を指す。
 見えなかったものが見えるようになったり、見えると思っていたものが見つからなかったり、そうした歴史を繰り返しながら、人間はこれからも新たな「探し物」を見つけるのだろう。
 人間の「見える化」の歴史はまだまだ終わりが見えそうにない。

-----Zoom In Zoom Out-----

NHK「アインシュタインの眼」
NHKの可視化技術の真骨頂

「見えないコミュニケーション」展
2007年1月14日まで
(NTTインターコミュニケーション・センター)

■「ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く」
リサ・ランドール

(2008/01/23 加筆修正)
[ 2008/01/08 00:22 ] TB(0) | CM(0)
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■このブログについて:
 「科学と芸術、そして人間。」をテーマに、さまざまなものごとについて考えるブログです。特定の領域というよりも、領域と領域どうしの境界面のそのたたずまいに焦点を当て、張り過ぎず緩め過ぎず可能な限りバランスのとれた考察を深めることをめざしています。

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◆管理者プロフィール:
 1976年生まれ。東京都在住。自称、逍遙学派。歩きながら考えることで何かが見えてこないかと、今日も歩きながら考えている。このブログも文章のほとんどを、歩きながら携帯電話にて入力し、推敲を重ねている。

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